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Posted by naturum at

2009年08月19日

+α。

ひさしぶりに夜をゆっくり過ごしております。

こんなゆっくりできる日は古文書研究会の会報編集をせねば。
気がつけばもう8月も後半、9月分の締切が迫っている。

毎回、このブログのタイトルと同じタイトル―おとふくばたけに音が吹く―で会報に農に関わる何らかを寄稿している。
別段、そのために調べ物をしているわけではなく、ただ何となく気が付いたこと等を徒然なるままに書いているだけなのだけど。

今回の文章について、完成した原稿から少しピックアップ。

………

大原で就農した若手の農家組合オーハラーボ。かの有名な宮沢賢治のイーハトーヴを文字って命名されたグループであるが、共同で百井の水田にて稲作を実践中。

―中略―

何となく思うのだが、合鴨農法は草取りの労力を軽減するためにだけ全国各地―いまでは世界規模!!―で行われているわけではないのではないか。愛らしい合鴨を見ていると農業の真髄とはただ農産物を提供するにとどまらぬ何かがあるような気がしてならない。言葉にするととても陳腐だが、そして非現実的だが、野菜や米を産み出すプロセスとそのプロセスを楽しめているかどうか。古野氏(※1)と同郷の農学者、宇根豊氏はこう言う。「畦草刈は有機農業か否か」。畦草を刈っても一銭にもならない。だが、畦草を刈ることで農村の景観を美しく保たれ、美しい景観を見て人々が心癒される。癒しが都会で商品となっている現代、畦草刈も価値あることだろう。換金されなくとも、美しい景観が保たれる、言いかえれば環境が守られると考えるとこれ以上ないことだ。合鴨も同じで、合鴨は草を取らずにすむようにしてくれる…し、その上かわいいからその姿を見るのが楽しい!!癒される!!作物を産み出すプロセスにおいて、心豊かになれる。これって農業の真髄のひとつではないだろうか。

※1…古野隆雄さん。合鴨農法の提唱、実践者



だいたいこんなことを書いた。

農業として農に触れていると、農と向き合うことそのものが日常であり、坦々と作業をしていると、疲れる〜だり〜って思うことがままある。仕事、なのだから、どうしたってテンションの上がらぬ時はある、仕方がない。

でもただ一日が早く過ぎ去ればいいのに…って
ひたすら思いながら向き合う仕事になることがないのは、農には日常の中にこっそりと非日常的要素がたくさん入っているからだろうと思うのだ。

それは合鴨であったり、野菜にとまった虫の面白い動きであったり、できた作物の色の違いであったり、感じ入るところは人それぞれだろうけれども。

少しだけ優しくなって夕暮れにも早く気付く by JUDY AND MARY

な心境になりやすい暮らし。
ルーティンに悩み、銭稼ぎに目をぎらつかせるに終わらない価値が農にはきっとある。

(じゅん)  


Posted by おとふくばたけ at 21:01Comments(1)開墾期